神様がくれた休日~真話か偽話か空耳か~

フィクションともノンフィクションともつかない一人話を 時には まじない交え思いつくままツラツラと・・

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Posted by 空耳ロバ on

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◆あの坂を上がれば

Posted by 空耳ロバ on

「〇〇さぁん、△△さぁん、〇■さぁん、△〇さぁん2番窓口までお越しください。」

壁一面もあろうかという大きな窓からは、雲の切れ間を縫って太陽の光が差し込む。
見上げれば青空が一層遠くに感じるここは病院の待合室だ。

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カラーボールを掌で握っては離し、離しては握りを繰り返しながら時間を潰す。
会計待ちの椅子に腰を下ろしてから小一時間も経つだろうか・・


週に2度、電車を乗り継ぎ住宅街を抜け、車椅子を押しての病院通いも既に5年が経過していた。

「ここは静かでいいところだね。もうちょっと近ければいいのにね。」

『そうね、、』

毎回決まってこの会話だ。

治るわけでもない。前進するわけでもない。
ただ、このまま時に任せ、いつか来るお迎えのその日までただ通院する。
それでも施設に預けるよりはと承知の上で引き取ったのだ。

長男夫婦と暮らしていた母は、「呆けた」「お漏らしをするようになった」などの理由で施設に預けられていた。
兄弟とは遠方であることが長男夫婦にとっては幸いし、母が施設に入ったことを半年以上、誰も知らずにいた。
年末になり、ふいに長男夫婦の暮らす家へ立ち寄った時のことだ。

「あら、お母さんは?」

母の不在を尋ねる私に長男夫婦は、母のありったけの呆け行動を並べたて、どうしようもなくなり施設に預けたと言うのである。

それを知った私は、翌日長男夫婦と共に施設へ出向き母と面会した。

表情もなく、話すこともしない、大好きな時代劇も見ない、ただ生きている、ただ息だけをしている、そんな感じだ。
だが、誰が来たのかは理解しているようだった。


『この部屋、テレビはないの?』

嫁は言った。
「見たってどうせもう判らないのよ。大広間に出ればテレビがあるし見たければ行くでしょ。」

『お母さん、テレビ見ないの?』

「・・・・・」無言のまま表情一つ変えずに正面を向いている。

やっぱり呆けてしまったのか。。。

「じゃあまた来るからね。」そう言って帰ろうとした時だった。

私が一人になるのを見計らっていたのであろう。
母は、長男夫婦には内緒だと言って、私に交通費だと1万円を渡した。

「お母さん、本当にここでいいの?」

母は孫の名を言いながら「皆、元気か?」と聞いた。
元気だと答えると今日は一緒に来ているのか、車かと聞いた。
“呆けてない”そう思った。
週末、娘と一緒に再度、訪れた。

『車なら一緒に連れて行ってくれないか、ここから出たい。』
気丈な母の涙を初めて見た。

我が家での同居生活が始った。

3ヵ月後、無表情だった母はよく笑顔を見せるようになった。
半年後、よくしゃべるようになった。
1年後、失禁も少なくなった。
しばらくすると腎機能の低下、骨粗鬆症による自然骨折、ヘルニアなど、横になっていることが多くなった。
思いどおりに行かない自分にジレて私に八つ当たりをすることも多々あった。

その頃、体調が思わしくなかった私は、介護が負担になっていた。


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駅を降りてから病院まで、住宅街のそれ程広くはない坂道を車椅子を押して上り、帰りは降りる。
かなりの重労働である。
私の持病の腰痛も悪化していた。

病院からの帰り道、いつもの坂道に来た。

下りは上る時よりも危険だ。
後ろ向きにブレーキをかけながらゆっくりと細心の注意を払いながら下る。

私の腰に激痛が走った。
いつまでこんな日が続くのか、車椅子を押すこの手をここで離してしまおうか。

そんなとんでもない思いが頭を過ぎった、その時だった。

「ここから見る夕日はきれいだねぇ・・・」
背を向けている母が言った。

『えぇ?夕日?』

「ほら、そこの家のガラスに映ってるよ、見てご覧よ。」

母の言う家のガラスを見た。
本当に綺麗な夕日が映っている。

「明日も見れるといいねぇ、、きれいだよぉ。」

私は思わず涙がこみあげてきた。
そうねと答えるのが精一杯だった。
いつものように車椅子を後ろ向きに回転させた。

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坂道をゆっくりと少しずつ、後ろ向きに降りていく私たちに付き合ってくれるように夕日も沈んで行った。


「××さぁん、5番窓口へお越しください。」

私は手に握っていたカラーボールをバッグにしまい、5番窓口まで小走りに行った。
『××です。』

「この度はお役に立ちませんで。お気をつけてお帰りください。」

『ありがとうございました。お世話になりました。』

会計を済ませた一人の帰り道。

あの坂を上がれば見えた夕日、下れば消えた夕日も、もう見ることはないだろう。
そして、
あの坂を上がれば・・・
そのうち母に会う時がくるのであろうと時を数える私であった。


-------------------------- お し ま い ----デス----------------------

明日が今日よりもっと良い日でありますように・・・
素敵な夜をお迎えください。

おやすみな・・・まだちょっと早い?・・さい




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